【学習心理学】ニート・引きこもり問題から学習性無力感を解説する

ソファにもたれかかる女性

 

元農林水産省の事務次官が引きこもりの息子を殺害した事件がニュースになっている。

引きこもりには内向的でおとなしい人たちが少なくない反面、家庭内暴力が一定数起こっているのも事実らしい。

それは当事者たちが現状の自分たちの生活に大きな不満やストレスを感じている裏返しととることもできるが、当事者たちが社会的に受け入れらない立場にあることも、本人たちを追い詰める一因になっているだろう。

また、ごく一部の引きこもりの散らかった部屋や、怒声を発する姿を意図的にクローズアップして放送するテレビ番組も、当事者の立場を貶めることに加担している。

しかし、ニート・引きこもり問題はそんなに簡単に解決できるものではないし、「親がいなくなったらどうするのか」という世間の批判は本人たちが一番深刻に感じていることだろう。

簡単に解決できないのは、一つには心理学の世界で有名な「学習性無力感」が関係していると思われる。

今回は現在実際に起こっている問題を通して、学習性無力感を解説してみる。

 

学習性無力感とは?

公園にいる4匹の犬

学習性無力感は、1960年代に心理学者のマーティン・セリグマンらが行った犬の実験で実証された。

セリグマンとマイヤーは、まず電気ショックによる刺激に対する反応を学習させる目的で、犬を2つの群に分けた。

1.ボタンを押すと電気ショックを停止できる群

2.何をしても電気ショックを停止することができない群

 

これにより、前者の群は電気ショックによる回避行動を学習し、後者の群は電気ショックから逃げられないことを学習した。

続いて、両群ともボタンを押せば電気ショックを停止できる環境下においた。

前者は先と同様にボタンを押して電気ショックを回避することができた。

しかし、後者はボタンを押せる状態にあるにも関わらず、じっとして電気ショックを受け続けた。

 

この実験結果から、長い間回避できない状況下に置かれると、本来回避できる状況においても無力感を植え付けられているため、「どうせ何をしても無駄だ」という無力感に晒されてしまうことがわかった。

人の場合だと知能や性格による偏りがあるので、同じ結果にはなるとは限らないが、うつ病の人などが悲観的な気分になるのは、この学習性無力感が要因の一つであると言われている。

 

ニート・引きこもりと学習性無力感の関係

顔を手で覆い隠して座る男性

うつ病と同様に、ニートや引きこもりも同じような原理で学習性無力感に陥っている可能性が高い。

これまで就労支援機関や若者の居場所で、引きこもり経験者やニートの人たちと関わる機会があったが、その多くの人たちは自己肯定感が低く、働くことだけでなく人と関わることにも不安を抱えている人が多かった。

その原因の一つには、学生時代に経験したいじめや、それに続く不登校がある。

いじめというのは大勢の相手から否定的な扱いを受けたり、暴力により屈服させられてみじめな気持ちになり、自尊心を低下させられる。

また、不登校で家に閉じこもりがちになると、新しい経験を積むことができず、いじめられた体験を何度も頭の中で追体験してしまい自尊心の低下を持続させられてしまう。

不登校から引きこもり状態に陥ってしまうと、対人接触場面が不足していることから会話の仕方がわからなくなったり、外に出ることに対する恐怖心を増幅させるなどの二次的な障害も起こり得る。

もしかしたら、当事者たちからすると外に出るのは、ジャングルに居た人間の先祖である猿がライオンのいる原野に飛び出した時のように勇気のいる行為なのかもしれない。

もう一つ、ニート・引きこもりの要因には発達障害や他の精神疾患が関係しているケースもある。

発達障害で困ることというと、注意欠陥障害からくるケアレスミス、処理速度の低さからくる仕事の遅さ、相手の言葉を正確に理解したり自分の伝えたいことを正しい言葉で伝えるなどのコミュニケーションの不得意さ、複数の作業を同時にこなすことの難しさなどが例として挙げられる。

これらの能力は、たいていどんな職場でも必要とされるため、それができない発達障害者が一つの職場で継続して働くのはおろか、アルバイトの面接にすら採用されないことも度々ある。

仮に引きこもり状態から脱出して就職活動を開始しても、今度は面接に採用されないことで他者から必要とされない経験を味わい、ようやく採用された職場でも適応できずに上司から叱責され、同僚から馬鹿にされるような経験を味わい、成功体験を積めないまま、また元の状態に戻ってしまう。

これまで述べた例はすべての当事者に当てはまるわけでないだろうが、かなり多くの人に当てはまる傾向だと思う。

そして、上記のような理由から、挫折を何度も味わい、何をやっても無駄だということを学習してしまう。

ちょうど、犬の実験にある学習性無力感と同じようなシチュエーションだ。

 

学習性無力感から脱出するには

芝生の上に立つ女性

では、学習性無力感から脱出するにはどうすればいいのだろうか?

セリグマンは、この「何をしても無駄だ」という信念を変える方法として、認知行動療法を挙げている。

つまり、実際は何らかの方法で問題を解決することができるということを学習することで、これまでの認知のパターンを変えることができる。

人の場合でいうと、成功体験を積むことが何よりも手っ取り早く効果的な方法ではないだろうか?

ニートの場合でいえば、面接に受かり採用された就職先でもうまく仕事をこなすことができ、周囲から必要とされるような経験を増やしていけば、これまでの様々な原因で喪失してしまった自信の回復につながるだろう。

しかし、当事者の親を含め多くの人たちは、本人たちのパーソナリティやこれまでの過程を無視して、短絡的に「早く家から出て就職活動をしないとだめだ」と急かしてしまうから失敗してしまう。

焦る親の心理に付け込んで、本人たちの意思を無視して無理やり自立支援施設に入所させて儲けを狙うような悪質な業者も存在し、そういった業者を取り上げて加担しているメディアも、本人たちの人権侵害に関わっていることになるだろう。

支援するなら、当事者・経験者が集える場を引きこもり脱出のためのスモールステップとして提供したり、否定されることなく少しのミスなら許されるような職場環境を用意して、自信回復につなげた方が良いと思われる。

障害者枠ではすでに、いくつかの会社がそういった環境を用意している。

最初のうちは給料が少なくても、政府が補助金を出してでも実際の仕事をする場で成功体験を積めるように支援するのは大事なのではないだろうか?

また、仕事にも色々な職種があるが、これまで自分が関わってきた経験者の多くは、対人関係が苦手にも関わらず接客業を選択する傾向がある。

自分に向いてない仕事を敢えて選んで克服を目指すという考え方もあるが、自分の不得意な部分がなるべく目立たない仕事を選んだ方が無難に成功できる気がする。

仕事以外で言えば、スポーツや楽器をしたり、資格取得を目指すなど自分の好きなことを極めることで自信回復させられることもあるだろう。

もともと古代では、階級の高い貴族たちは仕事なんてせずに趣味に励んでいた。それが今では職業として認められている。

責めて急かして無理やりやらせようとするだけでは、なかなか解決に至らない。