障害者の法定雇用率の引き上げや、精神障害者保健福祉手帳所持者の増加に伴って、これからますます障害者枠での就労が進んでいくことが予想される。
テレビや本には、「気分が優れなかったり精神的な悩みがあれば精神科に受診しよう」「一般就労が難しかったら障害者枠で配慮してもらおう」という決まり文句のような言葉が登場するが、実際には精神科を受診しても治らなかったという人は少なくないし、障害者枠であれば必ず配慮してもらえるとは限らない。
企業が障害者を雇用する理由は、大きく分けて3つあると思う。
- 法定雇用率を満たすため
- 助成金を申請するため
- 社会への宣伝効果
事業主は定められた人数以上の障害者を雇わないと、ペナルティを受ける。
一方、障害者を一人雇うごとに助成金が支給されるので、経費の足しにすることができる。
また、近年は発達障害を大量採用して、職場環境を整備している会社がメディアで取り上げられる機会が増えてきたが、企業のイメージアップや宣伝効果としても機能するだろう。
障害者を一ヶ所に集めて適した職場環境を整える「特例子会社」を設立したり、職業生活相談員を配置して指導・相談を行うなど、障害者の雇用や職場定着に熱心な企業は増えてきている。
ところが、障害者雇用を巡っては不正行為も日常的に行われている。
最近では、2018年に政府の調査で、国の27機関が障害者雇用を3,460人水増しして報告していたことが発覚した。
また、2016年には千葉・習志野市役所勤務の脳性まひを持つ男性が、不当に解雇されたとして千葉地裁に提訴し、障害者団体や労働組合からも抗議の電話やメールが殺到した。
真相はわからないが、国や地方自治体でさえも障害者の受け入れ体制は十分に進んでおらず、上司からパワハラや暴言を浴びせられることもある。
使用者による障害者虐待の状況
厚生労働省が公表している「平成29年度使用者による障害者虐待の状況等」によると、平成29年は2,454人の通報・届け出のうち1,308人の障害者への虐待が認められている。
受けた虐待の種別では、経済的虐待が1,162人(83.5%)と最も多く、次いで心理的虐待が116人(8.3%)、身体的虐待が80人(5.7%)となっている。
通報・届け出件数を障害種別でみてみると、精神障害者の割合が836人で最も多く、次いで知的障害者が814人となっている。
平成25年当時のデータと比べると、全体的に件数が増え続けており、特に精神障害者の件数は平成25年は212人だったのに対して、4倍近くも増えている。
これは、障害者の人権に対する法律の改正や、障害者枠で就職する精神障害者の増加に起因するものであると考えられる。
一方、虐待種別・障害種別で通報・届け出件数を見てみると、心理的虐待がすべての障害において最も多く、特に精神障害者が最も多い。
知的障害者においては経済的虐待が最も多く、身体的虐待の件数も他の障害に比べて多い。
引用元:「平成29年度使用者による障害者虐待の状況等」の取りまとめ結果(PDF:1,163KB)
ここで注意しなければならないのは、これはあくまでも「通報・届け出のあった件数」なので、認知されていないところで虐待は存在している。
特に知的障害者の場合でいうと、自分で被害を訴えることのできない労働者は多い。
「平成29年度使用者による障害者虐待の状況等」の事例部分にあるように、事業主から「何をやってるんだ!」「早くしろ!」などの威圧的な態度をとられたり、作業に時間がかかったり一度で覚えられないと暴言や暴力を振るわれることがあるが、本人はそれに対して反論したり相談することができない場合も少なくない。
賃金や労働に関する法律を理解できず、経済的な被害も被りやすい。
自分は以前、身体や知的障害を持つ訓練生たちと職業訓練をしていたことがあるが、本人たちのこれまでの体験を聞くと、事業主からの暴言や威圧的な態度を受けた経験がある人ばかりで、就労や生活に対して不安を持ち、自信を喪失している訓練生が多かった。
そのときの元養護学校教員だった訓練指導者は、「事業主には逆らわず黙って作業すること」ばかりを強調していたが、知的障害者に対する教育者や支援者自体にも、偏見や差別が含まれている場合があり、ひいては人権を無視したような事業主からの扱いに対して、本人が反抗できなくなる要因の一つをつくっているのではないだろうか?
実際には、知的障害者に対する差別や暴言・虐待は、認知されているより何倍・何十倍と存在しているかもしれない。
障害者枠でのいじめ・虐待・パワハラにどう対処するか
実際、職場でいじめやパワハラを受けた場合どうすればいいか?
職場内で解決できなければ、外部の窓口として以下のようなものがある。
支援センターへ相談する
障害者職業センターや就労相談センター等を活用している場合、相談員が職場へ連絡・訪問して間を取り持ってくれる。
会社内だけでは解決しない場合、外部の機関に連絡することで配慮してもらえることがある。
ましてや虐待などは立派な犯罪なので、事業主も外部に話が漏れて騒ぎになるのは避けたいだろう。
労働基準監督署へ連絡する
労基は労働基準法に基づき労働条件や賃金に関する問題を取り扱っているので、不当な解雇や賃金の未払いなどが発生した際の連絡先として利用できる。
できれば労働期間中に不当な労働をさせられたという証明をするために、給与の明細や残業の記録がわかるもの、事業主とのやり取りの記録などの証拠をできるだけ残しておいた方が良い。
証拠が不十分だと、どの程度対応してくれるかわからない。
ハローワークへ問い合わせる
ハローワークには、障害を持つ登録者の窓口として「専門援助部門」が設置されている。
正直、専門とはいっても職員には障害や法律に関する知識が不足している場合もあり、職員によっても対応は異なるが、相談すれば企業へ連絡して仲介役になってくれるかもしれない。
先に述べたように、外部の機関が相手だと事業主の対応が変わることもある。
障害者団体へ支援を求める
前述した習志野市役所の障害者に対する解雇の問題は、障害者団体の活動も手伝ってメディアで報じられ、全国に知られることとなった。
職場で虐待や人権侵害が行われている場合、証拠を残して団体の力を借りて訴訟を起こすのも、一つの手段として考えられる。
弁護士へ相談する
「法テラス」のような無料で相談に応じている組織があり、職場で起こる法律的な問題に対応している。
労働法に違法しているにも関わらず事業主が態度を変えなかったり、労働基準監督署が対応を怠る場合は、法律の専門家である弁護士へ相談することで、解決策を提示してもらったり裁判を支援してもらえるかもしれない。
まとめ
障害者枠での就労は今後ますます増えていくと思うが、企業の側に障害者を受け入れる体制が整ってなかったり、事業主が持っているイメージと本人との間にズレが生じていることもあり、問題はこれからも続いていくと思う。
事業主にも障害者にも色々な人がいるが、問題が起きたときに法律ではどのように定められていて、どこに相談するかは知っておいて損はない。
また、中度・重度の障害を持ちながら働いている障害者の中には、自力で対処できない場合もあるので、家族や身近な人たちが本人の状況を把握してサポートしていく必要がある。
参考リンク
障害者雇用水増し】27機関で3460人水増し 最多は国税庁-産経ニュース
https://www.sankei.com/life/news/180828/lif1808280011-n1.html
「障害理由に解雇不当」千葉・習志野市を提訴 -日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG12H3C_S6A011C1000000/
「平成29年度使用者による障害者虐待の状況等」の結果を公表します
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000172598_00003.html
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