場面緘黙症の原因に親は関係ある?論文と経験から考察してみた

場面緘黙症の発症要因には、不安になりやすい気質、入学や転居などの環境の変化、発達の遅れなど複数の要因が指摘されている。

その中で、家庭環境や親の影響についても言及されることがあるが、賛否両論がある。

「親は関係ない」という意見がある一方で「うちの家庭環境は緘黙に影響したと思う」という経験者の話も聞かれることがある。

そこで、今回はいくつかの論文データを引用しつつ、自身の置かれていた環境も交えて考察してみた。

 

場面緘黙症の原因に親は関係あるのか?

NHKの福祉情報サイト(https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/105/)には「かんもくネット」代表のインタビュー記事が載っている。

ここでの回答を要約すると、以下のような内容になっている。

  • 場面緘黙を「家庭環境のせい」と考えるのは誤解
  • 「虐待」や「トラウマ」と関連づけられてきたが、ほとんどの子どもに関連しないことがわかり、海外メディアでも啓発がおこなわれている
  • 親も不安になりやすい繊細な気質をもつ場合が多い
  • 必要な支援をおこなった上で「子どもの成長の伸びしろへの手出し(過保護)」も控えることが大切
  • 周りの人たちの「場面緘黙への理解」が大きく影響する

※原文はNHK福祉情報サイトまたはかんもくネット(https://kanmoku.org/kanmokutoha.html)のページを参照

 

つまり、原因のすべてを家庭環境のせいにするのは間違いで、周囲から責められることで親が孤立してしまうケースもあり得るということだ。

一方で、親の不安になりやすい気質が子どもに影響する可能性は考えられる。

 

論文から読み解く場面緘黙症と親の影響

論文①-1980年代頃までの日本の研究

まず、1980年代頃までの少し古い日本の論文を読んでみた。

牧野(1986)では、日本の諸研究をまとめて、緘黙の形成要因を以下のように結論づけている。

  1. 養育態度の一貫性の欠如および家族力動が主要因
  2. 学校、交友関係など緘黙をとりまく環境が2番目の要因

 

「家族力動」とは、家族の成員間に働く力のようなもので、例えば子どもの行動は母親から影響されることもあるし、また子どもの行動が父親や兄弟に影響を及ぼすこともある。

上記のような不備な環境での生育過程によって、自我や社会性の発達が遅滞し、性格傾向にも影響を及ぼすという。

また、この論文では幼稚園から中学生まで7つの事例を研究し、共通して養育上の問題があることを指摘している。

例えば、溺愛・過保護な養育が社会的接触経験を希薄にしていること、養育者との接触障害や心理的外傷経験などである。

この研究の中で注意しなければならない点は、少数の事例をまとめた事例研究なため、他の大勢の人に当てはまるかどうかは未知数なこと。

また「緘黙は、未熟な自我を防衛するために形成された行動」と述べられているように、近年衰退が進んでいる精神分析学の理論の影響を受けている。

引用元:牧野博己(1986)緘黙の事例研究 : 教育的処遇の手がかりを求めて
https://ci.nii.ac.jp/naid/110000411601

 

論文②-緘黙の病因・治療法を多角的に分析したレビュー

続いて、2010年のアメリカのレビューでは、場面緘黙症の病因論として、精神力動論や行動理論とともに、家族システムに焦点を当てている。

具体的には、親(特に母親)による極端な行動のコントロールや、その時々で変わる相反する感情が親子関係を不健全にし、他者への不信感や恐怖につながるという。

養育環境が緘黙に影響をおよぼすという点では、牧野(1986)と共通しているが、この論文では、さまざまな理論のうちの一つとして紹介されている。

引用元:Prisclilla Wong, Md(2010)SELECTIVE MUTISM: A Review of Etiology, Comorbidities, and Treatment

 

論文③-場面緘黙症と全般性不安障害の子どもをもつ親の臨床研究

2017年のイタリアの国公立大学の論文では、全般性不安障害(GAD)の子どもをもつ親と、場面緘黙症の子どもをもつ親の間で比較研究がおこなわれた。

全般性不安障害とは、日々の生活の中で漠然とした不安や心配に囚われてしまい、日常生活に支障をきたしてしまう病気のこと。

この研究では、それぞれの親に家族構成や家族の生活史、ストレスのかかる出来事の経験などの情報を集めた。

その結果、場面緘黙症の子どもをもつ親は、GADの子どもをもつ親に比べてトラウマやストレスのかかる出来事を経験している割合が有意に高かった。

つまり、親が生育過程で受けてきたストレスを伴う体験が、子どもとの接し方や養育態度に影響を与え、子どもの場面緘黙症にも何らかの形で関係しているという推測ができる。

以上の考察から、この論文では親へのカウンセリングや、親が養育スキルを獲得することを目的とした「ペアレントトレーニング」、子どもに対する親の協力の必要性を説いている。

この研究の限界としては、病気や障害のない子どもの親との比較がされていない点や、場面緘黙症とGADの子どもをもつ親の間に医学的な違いが検討しきれていない点が挙げられている。

引用元:Flavia Capozzi, Filippo Manti, Michela Di Trani, Maria Romani, Miriam Vigliante, Carla Sogos(2017)Children’s and parent’s psychological profiles in selective mutism and generalized anxiety disorder: a clinical study

 

論文④-親の精神病・社会的状況と場面緘黙症の関係

この論文では、860人の場面緘黙症の子どもをもつ親のグループ(臨床群)と、性別・年齢をそろえた3,250人の場面緘黙症以外の子どもをもつ親のグループ(統制群)を比較検討している。

比較項目は、親の年齢、親が精神病の診断を受けているか否か、親の職業的な地位など。

結果は、母親が精神的な病気・障害を持っている場合、子どもが場面緘黙症の確率は統制群の2倍、両親が二人とも精神病をもっている場合は確率は3倍となっている。

特に親が統合失調症の場合、子どもが場面緘黙症の確率は5倍にもなる。

また、父親の年齢が35歳以上である場合も子どもが場面緘黙症である確率が高い。
これは、自閉症スペクトラムやADHDなどの発達障害でも示されている結果で、父親の年齢と子どもの精神病には何らかの関係があるのかもしれない。

家族の社会状況については、親がブルーカラーの業種(生産工程や現場作業のような)の場合や、シングルマザーの家庭で子どもが場面緘黙症の割合が高くなっている。

ただし、この論文中にある考察で書かれているように、子どもが場面緘黙症であっても501人(59.6%)の親は精神医学的な診断は受けておらず、統合失調症の母親をもつ場面緘黙症の子どもの数は18人(2.1%)でしかない。

つまり、臨床群と統制群を比較すれば大きな差に見えるかもしれないが、親が精神病をもっていたり片親家庭やブルーカラー職だからといって、子どもが場面緘黙症になる割合自体は全体から見て多くはないだろう。

引用元:Miina Koskela1, Roshan Chudal1, Terhi Luntamo1, Auli Suominen, Hans-Christoph Steinhausen and Andre Sourander(2020)The impact of parental psychopathology and sociodemographic factors in selective mutism – a nationwide population-based study

 

論文⑤-親の行動が子どもの場面緘黙症に与える影響

こちらはオンライン上で公開されている記事だが、親のふるまいと子どもの場面緘黙症の関係をテーマに、多数の論文のレビューをしている。

例えば、トラウマやストレス、家族のサポートがない環境で育つことは、子どもの発話を抑制したり防衛的な反応をすることにつながる(Manassis et al., 2003: Wong, 2010)。

また、場面緘黙の症状をもつ子どもに合わせた、適切な関わり方が親にできないと、子どもの症状を長引かせたり、悪化させる恐れがある(Carpenter et al., 2014)。

一方で、場面緘黙症の子どもをもつ親は、他の親に比べて不安症や感情を抑制する傾向(Alyanak et al.,2013)、社会恐怖の傾向があり、遺伝的な要因と親のふるまいの影響の双方の要因が示されている(Manassis et al., 2003: Wong,2010)

しかし、結局のところ遺伝的な要因と親の接し方の影響を区別するのは難しく、今後も研究を続けていく必要がある。

引用元:Shira Richards-Rachlin(2021)THE EFFECTS OF PARENTAL BEHAVIOR ON SELECTIVE MUTISM SYMPTOMOLOGY

 

場面緘黙症と親との関係に関する体験談

うちの家系は、親戚も含めて何人かは精神病の既往歴がある。

両親は高齢出産で、家族・親戚は低所得者が多い。

診断はされていないが、母親も子どもの頃に、場面緘黙症に該当するような症状があったらしい。

ここまでは、論文に書かれているようなリスク要因がそろっている。

養育態度に関しては、極端に過保護でも抑圧的や放任でもなかったが、あまり学校や普段の行動を気にかけられたり、尋ねられることはなかった。

家のことはたいてい親がやっていたので、傍から見たら過保護といえばそうなのかもしれない。

学校に友人がいないのはもちろん、塾や習い事に通うこともなかったので、自立性や経験を積む機会が不足していたというのは、今になって実感している。

 

まとめ

最後に、ここまでの内容をすべてまとめてみた。

  • 親の養育態度がすべての原因ではないが、親の年齢・職業・家族構成・精神病の既往歴・性格傾向などさまざまな要因が子どもに影響する可能性がある。
  • 親が過度に子どもの行動をコントロールしたり、過保護だったり、子どもに関心をもたないことで、子どもの社会的接触や自立の機会を奪ってしまう危険性もあり得る。
    そして、場面緘黙症の症状が長引いたり悪化することにつながるかもしれない。
  • 親もストレスや心的外傷体験を受けて育ってきたケースもあるため、親の協力や親へのカウンセリングなど、家族を含めたアプローチが大事でもある。
  • 場面緘黙症は、親だけでなく学校や周囲の環境などさまざまな要因が考えられる。
  • 親の養育態度をすべての責任にしてしまうことは、親が周囲から孤立してしまい、結果として治療がうまくいかないことも考慮に入れる必要がある。
  • 場面緘黙症の大勢の被験者を集めた実験をおこなうのは簡単ではなく、論文で示された結果や考察はまだまだ検証する余地がある。

今後5年、10年後にはさらに色々な研究がおこなわれて、データが蓄積されていくのではないかと思う。

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